地域に根ざした街づくりを


ー興和工業が設立されたのはいつごろになりますか?

昭和7年の創業になりますね。最初は宮坂組という名前で土木建築請負業を営んでおりまして、昭和20年に「興和産業株式会社」として法人化しました。

ー昭和7年とは驚きです!長い歴史があるのですね!宮坂社長は長い間建設業界を見てきたと思うのですが、社会がどんどん変わっていく中で、建設業を取り巻く環境や興和工業のあり方なども変わってきましたか?

興和工業として事業の軸は変わってないですね。「建築」「土木」「住宅」の3本柱でずっとやっています。

時代と共に変わってきたと感じるのは、やはり建設業の人手不足でしょうか。弊社に限らず建設業全体の問題になりますが、今の時代は採用が本当に難しいです。幸いなことに興和工業には若い世代の人がたくさん働いていますが、皆さん数ある選択肢の中から建設業を選んだということになりますので、そのような意味で貴重な人材になりますね。

ー興和工業には若手の社員も多く、活気がありますよね。採用が難しい時代ですが、どうして若手がコンスタントに集まるのでしょうか?

地域からの信頼が大きいと思います。弊社は歴史が古く、地場産業として80年以上続いておりますので、弊社に就職を志す若い世代の親の世代にも認知度があり、安心されるのでしょうね。


ー地域からの一定の評価があるからこそ、長く続けてこられたのだと思います。興和工業では若手社員もベテラン社員もいますが、世代を超えて皆さん仲が良い印象があります。どうしてこのような関係になれるのでしょうか?

そのように見えるのであれば嬉しいことですね。どうしてかって言われると、おそらく業務のあり方も関係しているのかなと思います。

主要な業務は建設現場での工事施工管理であり現場代理人、いわば社長の代理として建設工事を取りしきる事です。こうした業務について社員の自主性を大事にして、本人の裁量でやらせている部分が多いので、みんなのびのびとやっているのでしょうね。一方で社員が立派な建設技術者になるための支援には力を入れているところです。管理に重きを置いていないというのが、フラットな人間関係の理由の一つではないでしょうか。


ーなるほど、社員を信じているからこそできる管理体制ですね。では、今後の興和工業としての方向性やビジョンなどについても教えていただければと思います。

少子高齢化の下、建設業界を取り巻く環境は厳しいですが、そのような中でも興和工業としては地域に根ざして地道に街づくり、郷土づくりの事業を続けていきたいと思っています。興和工業は、諏訪圏、長野県をフィールドに建設事業を通じて人々の安全で快適な暮らしを支え、地域社会の発展に貢献していく事を使命と考えています。

ー最後に、これから建設業を目指す若い世代に向けてメッセージをお願いいたします。

私たちが携わる建設業は最も古くから存在する職業のひとつです。そして私達が造る建物や建造物は世代を超えて残っていきます。そんな仕事につくことを誇りに思ってもらいたい。

長年この仕事をやってきて思うのは、建設業というのは創造力を発揮できるクリエイティブな仕事だということです。今はものづくりにおいて分業による規格品、大量生産がほとんどですが、建設業では一つひとつがオリジナルで、責任を持って最初から最後まで関わることができるので、本当にやりがいがあると思います。

ものづくりに興味がある人や自分の手で何かを生み出したい人にとっては、建設業はぴったりだと思います。やる気のある若い人は大歓迎ですので、ぜひいつでもいらしてください。